1960年初めには、日米新安全保障条約がワシントンで調印されました。しかし、日本国内では安保反対闘争が激化し、アイゼンハワー大統領が訪日を中止する動きもありました。61年1月大統領に就任したジョン・F・ケネデイは“国が国民のため、何をしてくれるかを問うのではなく、国民が国のために何かできるかを問うて欲しい”と若さと情熱に満ちた就任演説を行いました。政治・外交面では“無為と沈黙の50年代”の空気とは異なる凛冽たる姿勢でした。ケネディは、米ソの対立を全地球的規模でとらえ、力による対ソ強硬姿勢を明確にします。61年1月カストロの率いるキューバとの国交を断絶、62年10月には、ソ連がキューバにミサイル基地を建設中であることに対し海上封鎖を断行、史上最大の米ソ緊張の時を迎えました。結局、ケネディの毅然たる決意に、フルシチョフが譲歩して、キューバの基地を撤去し、危機は回避されました。これを機に米ソ和解への第一歩がひらかれ、63年8月には、米・英・ソによる部分的核実験停止条約が調印されます。
石油ショックのあと、工場や家庭では省エネルギー運動が続けられました。そのかいがあって、エネルギー消費量の伸びもいったんは鈍りましたが、1980年代後半の景気拡大期にはエネルギー消費量の伸びが再びGNPの伸びを上回るようになりました。日本が1年間に使うエネルギーは、原油に換算して約5億キロリットルにもなります。人口では世界の2%にすぎない日本が、世界のエネルギーの5%を消費している計算です。しかも、水力、原子力、天然ガス、石炭などを総合した一次エネルギーのうち、58%を石油に依存しており、その99.7%を海外の産油国から愉入しています。政府の長期エネルギー需給見通しによると、エネルギー消費量は2000年に5億4,900万キロリットル、2010年には6億5,700万キロリットルに増大します。
近年、WTOに代わって国際貿易の主流になりつつあるのが二国間、あるいは複数国間で関税や輸出制限などの撤廃を取り決める自由貿易協定(FTA)である。FTAはWTOと同様に、自由貿易を推進するための協定締結を目的としている。ただ、WTOが150か国以上の加盟国すべてを対象とするのに対し、FTAは対象国が限定されている。したがって、FTAの場合、交渉がスムーズにすすみ、締結までに時間がかからないことが多い。また、WTOでは交渉時に加盟国それぞれの利害関係が絡んでくるが、FTAでは経済的結びつきを求める国同士が交渉に臨むため、比較的話がまとまりやすい。こうした性格の違いから、一向に進展を見せないWTOのラウンドを尻目に、FTA締結数は急増している。2008年3月現在、WTOへ報告されたFTAの数は151件に達している。FTAが増えている背景には、WTOの多角的交渉がうまくいっていないという現実があるのだ。
Copyright (C) WWW.PDTC.NET. All Rights Reserved.