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金銭の貸付を行う者

金銭の貸付を行う者が、業として金銭の貸付を行う場合において「年29・2パーセント」を超える割合による利息の契約をし、またはこれを超える割合による利息を受領したときには3年以下の懲役もしくは300万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する。で、これら三つの法律を、ぐちゃぐちゃに咀嚼して消化するとこんな「ウンコ」が出てくる。債務者(アナタ)が契約に基づいて自分(アナタ)の意思で返済し業者側(貸金業者)は受取証書(明細書)などをちゃんと渡せば、たとえ利息制限法の上限金利を超える金利で貸し付けていても出資法の上限金利までなら違反にはならない(利息制限法A出資法OK)。つまり、これが「ウンコ」の実態である。各法の条項内に記載されている「任意」という言葉の解釈により、どちらにでも針が振れることになるが、利用者の立場から捉えるとこれは任意目標は高く全国貸金業協会連合会(全金連)では、上限金利の引き上げ案として「34.675%」を。目標数値として置いていた。

銀行のトップの肩書はなぜ「社長」じゃなく「頭取」か?

会社で一番偉い人を「社長」という。しかし、銀行のトップは社長ではなく「頭取」とよばれることが多い。端から見ればなんだかややこしいこの呼び名、いったいどんな経緯でつけられたのだろうか。頭取というのはもともと雅楽の言葉で、「はじめに音を出す人」とか「音頭をとる人」の意味だった。とくに、管楽器の首席奏者を頭取とよんでいた。それがやがて歌舞伎の楽屋を取り締まる者や、相撲の力士を取りまとめる者に対してもつかわれるようになった。この頭取という呼び名が銀行のトップの名前に当てられるようになったのは、1872年に国立銀行条例が制定されてからのことだ。条例には、「取締役5人のうち1人を頭取とする」とある。国立銀行条例によって誕生した日本初の商業銀行である第一国立銀行では、当初はトップを「総監役」とよんでいたという。しかし、創始者の渋沢栄一が頭取に改め、それ以来、頭取という名前が定着しかと伝えられている。ただし、銀行と名のつくものがすべて頭取をトップに据えているわけではない。日本銀行のトップは「総裁」だ。これは江戸時代末期に、幕府が陸軍、海軍、国内事務、外国事務、会計の各部門のトップを、「すべてを裁く責任者」という意味で「総裁」としたことに由来するようだ。現在、多くの銀行で頭取という肩書が用いられているのは、それが長い歴史をもち、社長よりも重みが感じられるためかもしれない。相互銀行ではもともと社長としていたが、1989年に普通銀行に転換した際に、その多くが頭取に変えている。いっぽうで、信託銀行や新生銀行(旧長期信用銀行)などは、頭取ではなく、一般の会社と同じように社長という名前をつかっている。静岡県の地方銀行であるスルガ銀行も、1998年に頭取から社長に変えている。

イスラム金融について

イスラム金融は、信仰を守っている信者でも安心して取引できる、アッラーの教えに反することのない金融機関なのである。イスラム金融の最大の特徴は、利息を禁止していることにある。イスラム教では商売自体は問題ないが、お金を貸すことで利息をとる行為を禁じている。この教えを厳格に守ると、イスラム教国の銀行にお金を預けてもまったく利子がつかないが、逆に銀行からお金を借りても利子を払わなくてもいいことになる。しかし、これでは銀行として成り立たないし、欧米の銀行に資金を預けたほうが得だということで、イスラム教国には資金が集まらないといった困った事態が生じる。イスラム世界の全体の経済発展も、極めて困難になるだろう。